夜来の月

これまで巡った寺社や史跡のこと、好きな本や漫画のこと、時々大相撲

最強の怨霊か 悲運の帝か 崇徳天皇を祀る白峯神宮

 

きっかけは井浦新さん

崇徳天皇については、お名前と、保元の乱での敗北により配流の憂き目に遭われた方、ぐらいの認識だったのですが、それが一変したのが大河ドラマの影響でした。

その作品こそ、2012年に放送された『平清盛』です。

世間的な評価が低くてとても残念に思っているのですが、私にとっては歴代一位の作品となっています(あくまでも私論なので異論反論ご勘弁願います。未だに自宅にポスターを貼ってあるぐらい好きなんです)。

このドラマで崇徳天皇を演じておられたのが、井浦新さん。

最近では『アンナチュラル』でのツンデレ医師役がとてもはまっておられて話題になりましたが、この崇徳天皇役がまたとんでもなく素敵だったことをもっと多くの方に知っていただきたい。

儚げで、内心に鬱屈した物を抱え、一天万乗の君でありながら何一つ自分の思うとおりに事が運ばないと嘆く姿が痛々しいのに美しくて、まるで崇徳天皇が井浦さんに乗り移ったかのような感覚を覚えるほどのはまり役でした。

これがきっかけで崇徳天皇に興味を持つようになり、色々調べていくうちに白峯神宮の存在を知り、訪れてみたいと思うようになりました。

なお、もともとは配流先である香川県に『白峰宮』という崇徳天皇を祀るお宮があり、京都の白峯神宮はそこから神霊を移したものです。

香川県には崇徳天皇ゆかりの史跡が数多く存在するため、一度訪れてみたいと思いながら未だ実現せず。

ひとまず京都のお宮にお参りした次第です。

 

崇徳天皇とは

 

さて、そもそも崇徳天皇という方は生い立ちからしてお気の毒で、父親は鳥羽天皇、母親はその后・藤原璋子というたいへん血統のよろしいお生まれだったにもかかわらず、母親である璋子に不義の疑惑があり、崇徳天皇鳥羽天皇の子供ではなく、鳥羽天皇の祖父である白河天皇の子供ではないか、と噂になりました。 

※このあたりの事情については、角田文衛著『椒庭秘抄 待賢門院璋子の生涯』に詳しく書かれています。

 

そのことが原因で鳥羽天皇から「叔父子」と疎まれ、生涯その溝が埋まることはなく、即位しても若くしてその座から引きずり下ろされ、自分の子供を皇太子にと望むも叶いません。

そんな折、鳥羽天皇の死をきっかけに勃発した皇位継承争いである保元の乱に敗北。

その責を負って讃岐(現在の香川県)に配流。二度と京都の地を踏むことなく同地で崩御されます。

ああ、なんてお可愛そうな崇徳天皇

讃岐では軟禁生活を送られ、せめてもの慰めにと五部大乗経を写経し、それを弟である後白河天皇に送り、京都の寺に納めて欲しいと願うもバッサリ拒否されたあげくに送り返されてしまいます。

当時の感覚で言うところの「呪詛」が込められているのでは、と恐れられたからなのですが、それにしても酷い。

この仕打ちに激怒した崇徳天皇天皇家を恨み、憤死したとも言われています。

異母兄弟ならまだしも同じ母親から生まれた兄弟なのにこの仕打ち。

権力争いに敗れるってこういうことなんですね。そりゃ祟りたくもなりますよ。

平清盛』内でも崇徳天皇の憤死シーンはまるでホラー映像のように描かれ、当時かなり物議を醸しました。私は好きでしたけどね。

 

崩御から数年後、都は様々な災厄に見舞われることになり、そのあたりから崇徳天皇の祟り説がまことしやかに囁かれるようになり、以後数百年にわたってその恐れが消え失せることはなく、とうとう明治時代になって京都にも白峯神宮が創建されるまでに至りました。

発案されたのは明治時代の父親である孝明天皇で、当時日本が外国の脅威にさらされていることに深い懸念を覚えられるとともに、これは崇徳天皇の祟りだと思われたのでしょうか。

それぐらい皇室の方には身近と言ってはおかしいかもしれませんが、代々語り継がれてきたことを物語っている気がします。

 

現在の白峯神宮 

そんな曰く付きのお宮と聞くと何だかおどろおどろしいイメージを抱いてしまいそうですが、実際に訪れてみるとこぢんまりとしたごくごく普通のお宮で、現在ではスポーツにご利益があるとして全国のアスリートから尊崇を集めています。

それというのも、もともとこの地には蹴鞠で名をなした飛鳥井家の邸宅があった場所であり、そのことから特にサッカー選手の信仰が篤く、社殿にはボールなどのゆかりの品が多く供えられています。

 

歌人としての崇徳天皇

歌人としても名を残した崇徳天皇の御製

『瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ』

百人一首にもおさめられ、境内の一画に歌碑も建てられています。

残されているお歌を拝見すると、とても繊細な感性をお持ちの方だったことがしのばれます。

それだけに、一度恨みに思うとその思いは相当に根深かったのかもしれません。

歌人として名高い西行との逸話も数多く残っている崇徳天皇

今では静かに京の地に眠っておられ……るのでしょうか。

最近の大きな災害はもしや? なんて昔なら話題になったかもしれませんね。

 

参考文献

参考文献なんてご大層な物ではないですが、一応これまで読んだ本の一覧です。

西行関連の本が多いのは、西行にも興味を持っているからと、西行サイドからの崇徳天皇像を知りたかったからです。

 

山田雄二『崇徳院怨霊の研究』

山中裕・鈴木一雄編『平安時代の信仰と生活』

角田文衛『椒庭秘抄 待賢門院璋子の生涯』

橋本義彦『人物叢書 藤原頼長

目崎徳衛『人物叢書 西行

白洲正子西行

 

辻邦夫『西行花伝』 

夢枕獏『宿神』 

 

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